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在宅診療インタビュー

在宅診療インタビュー

佐々木 淳 先生

在宅診療フロントランナーインタビュー

佐々木 淳 先生医療法人社団悠翔会(理事長・診療部長)

訪問診療に興味を抱いたきっかけから、お聞かせください。

佐々木 淳在宅診療インタビュー写真

医学生時代に訪問診療のアルバイトをしたとき、患者さんの意識に衝撃を受けたのが興味を持つようになったきっかけです。ADLが低下して寝たきりとなり、胃瘻や人工呼吸器をつけて生命を維持している患者さんに対して、健康な生活を送れる人たちは「気の毒、かわいそう」という感情を抱くことでしょう。しかし患者さん自身は、周囲が気遣うほど自分の生活を悲観していないことを、初めて知ったからです。

たとえ寝たきりで食事がまともにできなくても、多くの患者さんはその状態を苦痛と感じてはいません。寝たきりが日常生活として根付いていて、今日であればフェイスブックで寝床から情報発信したりして、日々の生活を楽しんでおられるのです。

病気を治すのは医師の大切な仕事です。一方で、障害のある患者さんの今現在の生活を守ることも医師の務めではないかと思うようになりました。それゆえ病院勤務で医師としての経験を積んだ後、在宅医の道を歩むことにしたのです。

先生がお考えの在宅医療の本質とは、どのようなものなのでしょうか。

先ほど述べたように、病気を抱えて体の自由が利かない患者さんでも、本人の気持ち次第で日常生活を満喫される方はたくさんいらっしゃいます。しかしその生活の維持には、医学的なサポートが絶対に必要です。

医学的な見地からは、まず健康な形で残されている身体機能を守ることが大前提です。失われた機能の回復が期待できるのなら、リハビリやトレーニングで回復に努めるように患者さんを導くことも治療のひとつです。

しかし、それだけを行っているのでは単なる訪問診療に過ぎません。診療に加え、我々が患者さんの生活の一部として存在し、患者さんの望む形の生活を日常的に支援することこそが、在宅医療の本質と考えています。

「患者さんの生活の一部になる」とは、具体例にはどのようなことなのでしょうか。

「病気の管理のみならず、その人らしく生きるための生活の管理も担う」ということです。

病気を治すだけであれば、医師は通常、患者さんの価値観や人生観の奥深くにまで入り込むことはありません。しかし我々はその領域に入り込んで患者さんの本質を把握し、ご家族を含めどのような生活を望んでいるかを知った上で、それが可能かを医学的に判断します。その上で、できる限り患者さんの意向に即した生活が送れるように、さまざまな支援を行う使命があるのです。

具体例をひとつご紹介しましょう。我々は昨年末、小脳出血で在宅療養中の女性患者がご主人とハワイ旅行をするのをお手伝いさせていただきました。その際、航空局に事情を話してゼリーの機内食を許可してもらったり、車いすでの搭乗ゆえに座席を配慮してもらったり、何かあった時のためにハワイの病院の紹介状を持参してもらったりなどの手配を、すべてこちらで行いました。

この種の支援まで担うことが患者さんの生活の一部として存在することであり、在宅医に不可欠な要件だと私は思っています。

在宅医に求められるスキルについて、おうかがいします。

佐々木 淳在宅診療インタビュー写真

我々が患者さんの生活の一部として存在するためには、前提条件として患者さんとそのご家族との信頼関係の構築が必須です。ゆえに医師としての技術以前に、コミュニケーション能力が最も重要だと思います。それも初診(初対面)で、在宅医が患者さんの生活サポーターでもあることを理解していただくくらいの力量が求められるでしょう。

なぜなら在宅医療では、患者さんとの信頼関係を築く時間があまり残されていない方もいらっしゃるからです。たとえば余命1ヵ月と診断され、自宅に戻られた患者さんは、それこそ初診で心を通わせる必要があります。

初診で患者さんの心の中に入り込むのには相当な技術を要しますが、大事な患者さんに本当に幸せになってほしいという気持ちで接すれば、在宅医に求められるコミュニケーション能力は自然に身についていくと思います。そのためには、場合によっては初診に1時間でも2時間でもかける心構えは必要でしょう。

では、医師として在宅医に求められるスキルとは何なのでしょうか。

私は在宅医を、「プライマリケアから看取りまでを包括した総合診療医」と捉えています。なぜなら我々は、患者さんが今現在抱えている疾患を診るだけではなく、患者さんの健康状態を包括的に管理する立場にあるからです。

在宅医に必要なのは「総合内科医」の力量ではありません。内科以外に整形外科や皮膚科、眼科、歯科口腔に至るまで、幅広い疾患領域の知識と臨床の応用力が求められます。また、ご家族を含めた生活支援という在宅診療の側面から、精神科や管理栄養学の知識と応用力も不可欠でしょう。

もちろん我々は、多診療科の専門的な治療までは行えません。しかし初期診療であれば、専門外であってもすべてカバーできるくらいのオールラウンドな力量が必要であり、そのためには日々の学習が欠かせないのです。

実際、在宅医の中には管理栄養士の資格を取る人もいますし、歯科のライセンスを取得する医師も中にはいます。要はそれくらい旺盛な学習意欲を持たないと、在宅医はなかなか務まらないということです。

現在診ておられる患者さんの現況について、お聞かせください。

悠翔会は、首都圏を中心とした9施設のクリニックで構成する訪問診療専門の医療グループです。所属クリニックはすべて機能強化型在宅療養支援診療所で、24時間365日の訪問診療に対応しています。スタッフはグループ全体で常勤医25名、非常勤医約35名、看護師は30名以上が在籍しています。また、大学病院をはじめ50施設以上の病院と連携しており、入院治療が必要な患者さんをご紹介する体制をとっています。

グループ全体で定期訪問診療を行う患者数は現在、老人ホームなどの施設が約600名、居宅が約1400名です。その他、近隣の診療所に通院する約600名の夜間診療も担当しています。なお当グループの場合、患者さんの99%が病院および介護事業者からの紹介となっています。

紹介患者の受け入れを円滑に進めるために、在宅医に必要なことは何でしょうか。

当グループの場合、患者紹介は病院の退院調整と介護事業者からが半々くらいです。特にポイントとなるのは介護事業者からの紹介患者で、多くは要介護の患者さんです。その場合、ケアマネージャーがどのような在宅医療を患者さんの代わりに望んでいるのかを的確に把握する力が必要になるでしょう。

そのためには当然、医師側も介護事業の事情や介護サービスの仕組みなどを常々学習しておかなければなりません。それは先般述べた総合診療医としての学習の習慣と同様に、在宅医として非常に大事なことです。

在宅療養支援診療所は、24時間365日の診療体制が医療提供側の大きな負担になります。
この課題に、どのような形で対応されているのでしょうか。

本来は主治医の24時間対応が理想なのでしょうが、医師も人間です。長期にわたって夜間診療が続けば疲弊しますし、昼間の診療に支障をきたすことにもなります。私は06年に市ヶ谷で在宅療養支援診療所を開設してから、約500名の患者さんをひとりで担当しました。しかし1名の医師で24時間体制を維持することに限界を感じ、数年後にグループ化に至った経緯があります。

現在はグループ全体をカバーする当直医を2名置いて、夜間診療と昼間診療の担当医を完全に分離する形をとっています。この形にして何が良かったのかというと、昼間診療を担う主治医に緊急対応が必要な状況をあらかじめ回避しようという意識が芽生えて、自主的に先回りした処置を行うようになりました。結果、実際に夜間診療の件数が減ったことですね。私が約500名の患者さんを担当していた時にはひと晩で5~10件の電話連絡を受けていましたが、現在は約2600名の患者さんで同程度の件数にとどまっています。

私の経験から言うと、100名規模の患者さんを担当する施設であれば、1名の医師で夜間診療をカバーできると思います。しかし、1施設で400~500名かそれ以上の患者さんを診る在宅療養診療所は、周辺の施設と協力して当グループのような共同当直センターを設けるのもひとつの対応策ではないかと考えます。ただし、協力し合う施設間で診療理念や方針を共有できることが前提要件です。

昼間診療と夜間診療の担当医の患者情報は、どのような形で共有されているのですか。

離れた場所にいる医師間の情報共有ツールとして、今や電子カルテは必須です。当グループの場合、各施設から共同開発費を募り、独自開発した電子カルテを共同利用しています。また、すべての診療スタッフがノートPCやタブレット端末を携帯し、リアルタイムで患者情報を閲覧できる仕組みとしています。

余談ですが、夜間に亡くなられた患者さんの看取りを主治医と違う当直医が行ったとしても、主治医とご家族との間に信頼関係がしっかり築かれていれば、ご家族に感謝されます。つまり当グループの共同当直センターは、昼間診療を担う主治医と患者さんおよびご家族との信頼関係の上に成り立っているわけです。先般述べた在宅医のコミュニケーション能力は、その意味においても非常に重要といえるでしょう。

最新医療は病院を中心に展開されています。在宅医が医療の進歩から取り残されてしまうことはないのでしょうか。

何を最新の医療とするのかによって、その答えは変わってくるのではないでしょうか。

病院で行うEBMは、ひとつひとつの臓器や部位の専門的治療に関しては効果的ですが、患者さんの体全体を俯瞰して行う治療の観点からは、決してEBMとはいえません。たとえば誤嚥性肺炎の場合、病院の治療で状態が悪くなって自宅に戻ってくるケースが往々にしてあります。誤嚥性肺炎は就寝時に起こることが多く、本来は口腔ケアが最も重要なのですが、病院では肺という臓器を対象にした治療のみが行われることが多いからです。

つまり、在宅医療のEBMとは多診療科に精通した総合診療医の視点が基本であり、専門特化した病院のEBMとは明らかに一線を画しているのです。ゆえに、在宅と病院では、最新といわれる医療の認識にずれがあるのではないかと私は考えています。

一方で、緩和ケアや認知症、鎮痛などの症例数は在宅医療の方が圧倒的に多いですから、その意味では在宅医は常時、新しい治療に精通できる環境下にあるといえるでしょう。

グループにおける在宅医の教育について、お聞かせください。

月に1回、グループの医師全員が参加して、2名の医師の診察風景を撮影したビデオをテキストとした検討会を行っています。「この医師は患者さんとのコミュニケーション時の間合いの取り方がとてもよい。どこにコツがあるのか」などを皆で検討し、その成果をフォーマット化して共有することにしています。このような形をとることで、経験の浅い医師でも上級の医師と同じ水準の診療を提供できるようにすることを目的としています。

また、看護師など全スタッフを対象とした勉強会も月1回、開催しています。たとえば「看取りのあるべき姿」「患者・家族との良好な関係の構築」など、月ごとにテーマを決めて外部から講師を招聘し、話を聞いています。

在宅医療の今後の展望について、所感をお聞かせください。

当グループは現在、9拠点で在宅医療を提供していますが、拠点ごとに地域の事情や課題は異なります。たとえば、新宿のように3㎞以内に10ヵ所の24時間対応クリニックがあるエリアもあれば、柏市のように人口が新宿区と同規模でも、市全体で24時間対応の施設数が片手に満たない地域もあるのです。

となると当然、在宅医療を担うクリニック個々の立ち位置も、地域によって異なってきます。ゆえに在宅療養支援診療所は今後、患者さんの生活の一部として機能するだけではなく、地域個々の事情と課題を的確に捉え、その上で地域のコミュニティの一部として機能する必要があるのでしょう。

医療という枠を越えて地域全体の生活を守る役割を果たすことが、今後我々に求められている使命ではないかと考えています。